死刑囚の怨念が蘇るー伝説の特級呪物「バズビーズチェア」とは!?
突然ですが、「座ったら絶対に死ぬ椅子」が存在するとしたら、あなたはその椅子を一目見てみたいと思いますか? それとも、恐怖のあまり近づくことすら拒むでしょうか。
世の中には数多くの「呪物(じゅぶつ)」と呼ばれるものが存在しますが、これほどまでに具体的で、かつ世界的な知名度を誇る怪異のアートピースは他にありません。今回は、イギリスに実在する伝説の特級呪物「バズビーズチェア」を巡る恐怖の物語と、その裏に隠された人間社会の真実について触れていこうと思います。
ある殺人鬼の遺言
話は今から300年以上前、1702年のイギリス・ノースヨークシャー州にさかのぼります。産業革命の足音が聞こえるか聞こえないかという時代の田舎町で、物語の主人公であるトーマス・バズビー(Thomas Busby)という男が暮らしていました。
バズビーは日頃から大酒を喰らい、暴れ回り、偽札作りのような裏稼業に手を染める悪名高き人物でした。しかし、そんな彼は村一番の美貌と富を持つ女性エリザベスと結婚することになります。当然、エリザベスの父親であるダニエル・オーティはこの結婚に猛反対でした。
そして事件はある日、唐突に起こります。バズビーが家に戻ると、あろうことか義父であるダニエルが、バズビーの「お気に入りのオーク材の肘掛け椅子」に腰掛けていたのです。娘を連れ戻しに来たと主張する義父に対し、バズビーは激怒。その夜、彼は義父を絞め殺す(一説にはハンマーで惨殺したとも言われます)という惨劇を引き起こしてしまいました。
逮捕され、絞首刑を宣告されたバズビー。彼が処刑台へと向かう直前、あるいは捕まる間際に吐き捨てたと言われるのが、あの有名な呪詛の言葉です。
「俺の椅子に座る奴には呪いをかけてやる! 座った奴は全員、悲惨な死を遂げるのだ!」
これが、世界で最も有名で、最も恐れられた「呪いの椅子」の誕生の瞬間でした。

バズビーの処刑後、彼が住んでいた宿は「バズビー・ストゥープ・イン(バズビーの柱亭)」というパブに生まれ変わり、問題の椅子もそこに置かれ続けました。そして、ここから恐ろしい物語が一人歩きを始めます。
- 「ふざけてあの椅子に座った客が、店を出た数時間後に事故死した」
- 「第二次世界大戦中、噂を笑い飛ばして椅子に座ったカナダ空軍の飛行士たちが、全員出撃先から帰ってこなかった」
- 「椅子に座った家具修理工が、その1時間後に交通事故に遭った」
- 「留学生が座ったところ、野犬に襲われて命を落とした」
このような話が次々と語り継がれ、犠牲者の数は「60人」「63人」「65人」と見る見るうちに膨れ上がっていきました。日本でも1980年代から90年代にかけて、オカルト誌『ムー』やテレビ番組『奇跡体験!アンビリバボー』などで紹介され、多くの人々にトラウマ級の衝撃を与えました。
最終的に、あまりの危険性を重く見たパブの店主によって、椅子は地元の「サースク博物館」に寄贈されました。博物館では二度と誰一人として座ることができないよう、「天井から宙吊りにする」という異例の状態で展示されることになったのです。
ここまでの話を聞いて、みなさんはどう思われますか? 「なんて恐ろしい呪いなんだ」と背筋が凍るような思いがしたでしょうか。しかし、ここからが本題です。この物語には、私たちが生きる人間社会の「観察眼」を試すような、鮮やかな真実が隠されているのです。
怪異や都市伝説の面白さは、一見完璧に見える物語の中に「ほつれ」を見つけた瞬間にあります。バズビーズチェアの伝説も、専門家や研究者の手によって紐解かれていくことで、思いもよらぬ側面が露わになりました。
年代の決定的なズレ(家具史家による科学的鑑定)
まず最も決定的な事実は、サースク博物館に大切に(そして厳重に)吊り下げられている「あの椅子」そのものに関する鑑定結果です。家具の歴史を専門とする研究者が調査を行ったところ、あのオーク材の椅子は1840年以降(19世紀後半から20世紀初頭)に作られたものであることが判明しました。
思い出してみてください。バズビーが処刑されたのは「1702年」です。18世紀初頭に生きていたはずのバズビーが、19世紀半ば以降に機械加工(産業革命以降の動力工具)で作られた椅子にお気に入りで座り、呪いをかけることなど物理的に不可能なのです。つまり、現在私たちが「呪いの椅子」として目にする物体は、100%後年に作られた別物(レプリカまたは単なるアンティーク椅子)ということになります。
タブロイド紙が作った「犠牲者カウントアップ」
では、なぜ「65人が死んだ」という具体的な数字やエピソードが世界中に広まったのでしょうか? そのカラクリの主犯格は、アメリカの伝説的なタブロイド誌『ウィークリー・ワールド・ニュース』です。
この雑誌をご存知の方もいるかもしれません。「宇宙人が大統領と会談した」「30年前に消えた旅客機がそのまま着陸した(サンチアゴ航空513便事件)」といった、壮大なジョークや創作記事を真面目な顔して掲載する大衆紙です。彼らは1980年代から90年代にかけて、「61人目が死んだ」「62人目が死んだ」「63人目…」と定期的にバズビーズチェアの記事を「連載」し、読者を面白がらせるエンターテインメントとして死亡記事を増産し続けていたのです。
パブの経営戦略と地元の「商魂」
さらに興味深いのは、地元イギリスでの受け止め方です。イギリスでは昔から「幽霊が出る物件」や「事件のあった場所」は、むしろ不動産価値が上がり、観光客が集まる格好のエンタメスポットになります。パブのオーナーたちは、「死刑囚の呪われた椅子がある店」として話題を作り、客を呼ぶための集客コンテンツとしてこの伝説を巧みに利用・増幅させていった可能性が極めて高いのです。
それでも「呪い」は存在するのか?
ここまで事実を並べられると、「なんだ、結局は全部ウソで作り話だったのか。興ざめだな」と感じる方もいるかもしれません。ですが、私はそうは思いません。
確かに、サースク博物館に吊るされている椅子は、19世紀の工業製品でありバズビーの椅子ではありません。しかし、「だからと言って、呪いが完全に無かったとは言い切れない」という不思議な余白が残るのです。
1702年、バズビーが本当に自分の椅子に呪いをかけて死んだとしましょう。そしてその本物の椅子は、本当に何人もの人々に不幸をもたらしていたのかもしれません。しかし、あまりの恐ろしさに耐えかねた当時の人々やパブの店主が、密かにその本物の呪い椅子を焼却処分するか、川に投げ捨てて破壊してしまったとしたらどうでしょう?
けれど、店としては「呪いの椅子がある」という噂でお客さんが来てくれる商売上のメリットを手放したくない。そこで、どこからか似たような古い木製椅子を調達してきて、「これが例のバズビーの椅子ですよ」と看板として置き直した……。もしそうだとすれば、本物の呪いは大昔に消滅したか別のどこかへ去り、後から用意された「無害な身代わりの椅子」だけが、人間の欲望とメディアの誇張によって天井に吊るされ続けている、ということになります。
あるいは、こういう考え方もできます。「呪い」の正体とは、オカルト的な霊障などではなく、「人間の強い思い込み(ノシーボ効果)」そのものではないか、ということです。
「この椅子に座ると死ぬ」という強烈な暗示をかけられた人間は、無意識のうちに緊張し、動悸を覚えます。パブでお酒を飲み、その強い恐怖心を抱いたまま夜道を歩けば、足元をすくわれて転倒したり、車の接近に気づくのが遅れたりする確率は格段に跳ね上がるでしょう。「呪いによって死んだ」のではなく、「呪いという恐怖の観念に心を支配された結果、人間側の注意力が散漫になって事故を起こした」――これこそが、現実的な意味での「呪いのメカニズム」なのかもしれません。
おわりに
いかがでしたでしょうか、バズビーズチェアの物語は、私たちに多くの教訓を与えてくれます。一見すると恐ろしいオカルトの伝説。しかしその皮を一枚めくってみれば、そこには「男の身勝手な殺意」「メディアによるエンタメ化」「商売人の集客戦略」、そして「怪異を面白がる庶民の心理」といった、実に人間臭く生々しい社会の仕組みが透けて見えてきます。
サースク博物館の天井にポツンと吊り下げられたオーク材の椅子。それはもしかすると、死者の霊が取り憑いた恐怖の道具などではなく、「人間がいかにして物語を作り出し、それを信じ込み、語り継いでいくか」という人間心理の滑稽さと愛おしさを象徴するモニュメントなのかもしれません。
もしみなさんが将来イギリスのノースヨークシャーを訪れる機会があったなら、ぜひサースク博物館に足を運び、天井を見上げてみてください。 そこに静かに佇む椅子を見て、あなたならどう感じますか? 「ただの古い木製家具」に見えるでしょうか。それとも、300年の時を超えて人間の欲望と恐怖を吸い込み続けた「本物の呪物」に見えるでしょうか。
信じるか信じないかは、みなさんの心次第です。……ただし、万が一どこかのアンティークショップで「18世紀のオーク材の肘掛け椅子」を見かけたときは、念のため、座る前に一口深呼吸をした方がいいかもしれませんね。
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