真犯人はそこにいた。なぜ韓国史上最悪の連続殺人は「33年間」暴かれなかったのか?
「真犯人がそこにいるのに、捕まえられない」
映画『殺人の追憶』を観たことがある方なら、あのラストシーンでポン・ジュノ監督がスクリーン越しに投げかけた、重く鋭い視線を覚えているでしょう。
1986年から1991年にかけて、韓国の平穏な農村地帯・華城(ファソン)で起きた「華城連続殺人事件」。10代の少女から70代の高齢女性まで、10人もの女性が犠牲となった韓国史上最悪の未解決事件です。
2019年、事件発生から実に33年の時を経て、最新のDNA鑑定により真犯人イ・チュンジェが特定されました。しかし、判明した瞬間、社会を包んだのは「解決」の爽快感ではなく、やり場のない虚しさと深い徒労感でした。
なぜ、私たちはこの事件にこれほどまでに心を揺さぶられ続けるのでしょうか。資料や映像を改めて紐解くと、この事件が単なる「1人のシリアルキラーによる犯罪」ではなく、時代そのものが生み出した悲劇であったことが見えてきます。
「科学」が追いつかなかった時代の暗闇
当時の警察は、延べ167万人もの捜査員を動員し、2万1000人以上を捜査対象としました。人口2万人ほどの町で、まさに総力戦です。
しかし、現場に遺された血液や体毛、足跡といった数々の証拠は、当時の捜査技術では決定打となり得ませんでした。血液型鑑定は行われたものの、当時はDNA鑑定技術が未発達。目撃証言や現場の遺留品がありながらも、犯人像を絞り込むことすら困難だったのです。
怪しい人物を追えば追うほど捜査は迷走し、精神的に追い詰められた容疑者が自死を選んだり、過労で命を落とす捜査員が出たりと、現場は惨状を極めました。犯人を追うはずの捜査陣自身が、目に見えない闇に呑み込まれていったのです。
この事件の恐ろしさは、犯人の残虐性だけにとどまりません。焦りとプレッシャーに耐かねた国家権力が、無実の人間を「犯人」に仕立て上げてしまった点にあります。
唯一の模倣犯とされていた第8の事件では、当時23歳だった農機具修理工のユン・ソンヨさんが逮捕されました。警察は違法な拷問と強迫によって自白を強要。ユンさんは無実を訴え続けたものの聞き入れられず、20年ものあいだ獄中で青春を奪われることとなりました。
さらに痛ましいのは、当時8歳だったキム・ヒョンジョンの失踪事件です。警察は遺品や遺体の一部を発見していたにもかかわらず、連続殺人事件との関連を隠蔽するため、遺族に知らせず秘密裏に処理したとされています。「連続事件の拡大を防ぎたい」「捜査の失敗を隠したい」という保身が、被害者と遺族の尊厳を二重に踏みにじんだのです。
国家が正義の名のもとに生み出した「でっち上げ」と「隠蔽」。これらは、イ・チュンジェが犯した罪と同じくらい、重く暗い影を社会に落としました。
2006年、本事件の公訴時効(当時15年)が満了しました。
どれほど残虐な罪を犯そうとも、時が経てば法的に裁くことができなくなる――。2019年にDNA鑑定でイ・チュンジェ(別件の強姦殺人で無期懲役囚として服役中)が特定されたとき、彼はすでに法の手が届かない場所にいました。
2020年、冤罪被害者であるユンさんの再審公判に、イ・チュンジェは「被告人」ではなく、ただの「証人」として法廷に立ちました。自分が犯した凄惨な罪の数々を淡々と語る男を前につけても、裁判所は彼に新たな刑罰を科すことができません。
「罪と罰」の均衡が完全に崩壊したこの瞬間、遺族や社会が感じた絶望は計り知れません。しかし、この不条理が引き金となり、韓国では殺人事件における公訴時効の廃止(いわゆる「太陽法」の成立)へと法改正が進むことになります。
私たちはこの「記憶」とどう向き合うべきか
犯罪心理学者の桐生正幸教授は、ポリグラフ検査やプロファイリングといった「記憶の検出」に触れながら、事件を風化させない重要性を説いています。
「Memories of Murder(殺人の追憶)。事件は消耗品ではありません。痛みを伴いながらも、しっかりと『記憶』にとどめていくことも、我々大人の使命だと考えるのです。」
華城連続殺人事件は過ちの歴史です。 シリアルキラーの異常性、科学捜査の限界、焦りに駆られた警察の違法捜査、冤罪、そして法制度の壁。そのすべてが複雑に絡み合った結末でした。
映画のラスト、捜査官がカメラ(=観客)をじっと見つめ返したあの視線は、「あなたはこの悲劇を、この理不尽を、忘れずに記憶し続けられるか」という問いかけだったのかもしれません。
すでに時効が成立し、犯人に新たな罰を与えることはできません。だからこそ、奪われた命の重みと、捜査の不条理によって狂わされた人々の人生を忘れないこと。二度とこのような冤罪や隠蔽を生み出さないシステムを創り続けること。
それこそが、時代が生んだ最悪の悲劇に対して、残された私たちが示せる唯一の誠実さなのではないでしょうか。
皆さんはどう思いましたか? 皆さんの意見や考察をぜひコメント欄で教えていただけると嬉しいです! 最後までご覧いただきありがとうございました。
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